昭和52年11月25日 朝の御理解
御理解 第2節
「先の世までも持ってゆかれ、子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は、信心すればだれでも受けることができる。みてるということがない。」
ここで信心すればというのは、お参りをしとりますというのではないですね。うちで拝んどりますという、例えば神仏を拝むと言う事じゃない。これは信心をすれば誰でもお徳が受けられると言う程しの信心です。金光様のご信者の中でも、どれ程のなら信者があるか分からんけれども、お徳を受けるような信心をしている者はごく希である。ただ参っとります。ご用も頂いとりますというだけに過ぎない。
だからお徳の受けられるような信心とは、結局信ずる心。昨日の御理解の中にも申しましたように、いわゆる絶対信なんです。その絶対信と言う言が、そのまま安心につながるんだという御理解でしたね。昨日の御理解はね。神様を信ずる。親先生を信ずる。そこから私はお徳の受けられる、しかもそれを究めていけばいくほど、尽きることのないみてることのない、おかげになっていくと。
ま昨日あたりの御理解から申しますと、ここにご縁を頂いておるというだけでも、霊がおかげを頂く、特に改式でもしておれば、もういよいよ合楽のいうなら、信心の世界というものに住むことがでけて、魂を清めていくと言う事に目覚めた霊達が、日々的確な清まりを願って霊の生活をしておる。いうならばもう日々、教えの鏡を立てられてこう後ろ前から眺めて見える。しかもそれが心がそのまま写るという鏡ですから、汚れておれば清める、曲がっとれば真直すると。
そう言う事だけに専念していくからおかげを頂く。いわゆる信心の奥がへと、霊ながらに進んで行くことが出来る。そこでなら私共も矢張り、その信心の奥がへ奥がへと願わしてもらう、いわゆる一生が修行じゃと仰るのですから、折角修行さしてもらうなら、お徳の頂けれる、はあこれはお徳だなと自分でも感じられる信心。そういう信心を身につけて行きたい。でないと教祖様のお言葉が嘘になる。
何十年信心したばってん、お徳らしいお徳も受けなかった、勿論お徳と言う事は人間の幸せの条件がですね、こう足ろうて来るというのですから。お徳にはそういうお徳にはもう全てのものが成るというお徳の木には。金のなる木というのがま、あるとするならです。徳の木と言うのは、もう金だけじゃないです。人間の幸せの条件全てがこれになる。しかも先の世までも持っていかれ、子孫にも残ると言う程しのものなんです。
聞いただけでもいや分かっただけでも、それを頂くことのための、精進が惜しまれてはならんがです。そこにはねだから、信心が参らねばならんじゃなくて、参らにゃおられんと言う事に、なってこなきゃいけんようですね。昨日姫路の中山さんという方から、電話がかってまいりました。これはむつやの、石井健二さんの奥さんの里ですね、だからお母さん今二日市ですかね、おられますのは。そのお母さんの妹にあたる方が、今姫路に行っておられます。
こちらにだいぶ長く帰って来ておられて、いよいよあと三四日で帰るとという時に、いっぺんあんたもいろいろ難儀が続いておるし、困ったことがいくらも難儀があるから、あたくしがお参りしよる合楽の金光様へ、いっぺんあのあたしが連れて参るから参んなさいと、言われて連れられて参ってきた。そして二三日うちに帰りますからどうぞよろしゅうと言うてま、帰った。そん時にま、いろいろお話を頂いて何か感じられたんでしょうね。また明くる日に参ってこられたです。またあくる日参ってくるんです。
又明くる日参って来るんです。とにかく帰られるぎりぎりまで参ってくる。ま、いうならば信心が分かるはずはありませんけれどもま、姉さんがあらたかな神様だから信心しなさいと。とにかく帰る前にいっぺんお参りしなさいと。というていっぺん参って来るだけと、私も思うておった。したらまた明くる日参ってきた。また明くる日参ってくる。そして、そのなんか御理解が分かるか分からんかしらんけども、五日目でしたでしょうか、いよいよ今日帰らせて頂くという日に、色紙を持って見えました。
そして私しの心の目当てになる、何か一言でもよいから書いて下さいというて、私しはなんと書いたかはちょっと覚えませんけども、とにかくあの成り行きを大事にしていくようにと、という意味の事を書いてやりました。だからもうあの御神米とその親先生に書いて頂いたものを拝ませて頂く。そして祝詞本も買うていき、それからおかげの泉ま、ここで売っております新聞やら、おかげの泉やらもま色々沢山買って帰られました。それから何回かいろいろあちらへ帰って、ラーメン屋を開きたいと言うて。
その店の名前まで頂いて帰られた。息子さんの嫁さんがちょっと夫婦仲が悪かったもんですから、嫁さんが蒸発してどこへ行っとるか分からん。行方不明になっておられる。それから小学校四年生になるその子供が、もう毎晩おねしょをやるでその事がま、お願いの芯でありましたお商売の。昨日電話が掛って参りましたが、おかげで商売は大変繁盛しとりますと。八女の人だそうですからやつめらーめんじゃ八つの女と書いて、それがもうえらい当たってからま、人気が段々まだ一月あまりでしょうけども。
おかげ頂いておる。もその事も実は大変ややこしい問題があったんですけども、いわゆるおかげで、したとおりにさせて頂いとる。昨日は今朝からその蒸発しとった嫁が帰ってまいりましたと。同時に早うお届しなければいけませんでしたけれども、また今日でるかんしれん、今日はまらじゃったばってんちゅうごたるふうで、寝小便の方がね。したら帰られてから御神米を頂かした、その晩から子供がもらさんようになった。
で昨日はその孫が電話のそばにおってから、あのう僕が直接お礼を先生に言いたいとと言うから、ちょっとお待ちくださいってから、したらねそのそばにおったげなけど、どっか逃げていったげなもん。恥ずかしかけんで、ばあちゃんがお礼言うてくれて言うてま、そんなことでしたが。たったの四日か五日しか参ってこなかった。けれどもどうしてそういうおかげを受けるだろうか。毎日先生から書いて頂いた色紙と御神米をして、毎朝大祓の信行を必ず欠かさない。
それからもう成り行きをだいじにすると言う言が、その店をどこにそれを置かせて頂いたらよいじゃろうかま、方角が悪かとこんどん奉っちゃいかんからというてどこでもよいよと、あんたにも見えるお客さんにも見えるとこが、一番ようなかろうかと言うて、それをま額かなんかに入れてま拝んでいるわけでしょう。そしてもう徹底して成り行きをだいじにしておる事に努めておりますと、こういうのです。
朝晩のいうならばお勤めというか大祓を、まだ覚えておらんけれども、本を見ながら毎日欠かさずあげております。ところがその願いの全てが成就しておる。大変心配ししておった嫁さんが帰ってくる、孫の寝小便がそれこそ嘘のように治る。おかげで商売もその八女というそれがまあ、当たったというかま、みんながお客さんもだいぶんついてきて、繁盛しよると言うてま、お礼の電話でございました。
どういうことが、そのおかげを頂くもとだと思いますか。私はそのまここにお参りした時には、やっぱりならいっぺんお姉さんがそげん言うなら、参ってみろかとではなかっただろうか。ところがまた翌る日も参らずにおれなくなった。そしてまたあくる日も参ってくる。とうとう帰られるというぎりぎりの日まで参ってきた。そしてなら拝む目当てを、成り行きを大事にする事として、それを一生懸命心に掛けさせて頂く。お客さんが見えたら必ず拝みなさい。お客さんが見えたら必ず拝む。
おかげで孫の寝小便が、嘘のようにおかげを頂き、いわゆる心配しておった嫁さんが帰って来ると言う様なおかげになった。そういう例えばおかげを頂いていくならばです。なら親先生の言われることに対する信というものは、いよいよ強うなっていくだろうと思う。だからどうでもその教え、行教えを守るそれから行をすると言う事。言われたことを的確に守ると言う事。
もう、えは右左にする。親先生が言われても、さあ親先生はそう言いなさるばってんと言うてまた疎かにする。はあもう何年も参りよるばってん、なら親先生の言わっしゃることがどれだけ身についとるか、血になっとるか肉になっておるかと、してみると血にも肉にもなっていないね。ならさあ大祓信行が言われるようになったが、一時はしよったけれどもこの頃はもう止めとる。いわゆるしたりしなかったり。
これでは私は信心にならない、信ずる心は生まれないと思う。その信ずる心がいよいよ絶対信と言う事になってくる時に、日々が安らいだ安心の生活がでける。不安がない心配がない。的確に言うてありましょうけれども、あってもおかげが頂けれる、どう言う言があっても、お願いをすればおかげは頂けれる、という確信が心の中に強うなってくる。そらもう、拝むとを止められるだんじゃない、教えをいよいよそれこそ、馬鹿の一つ覚えのようにして成り行きを大事にして行くと言う事を大事にする。
ああ私は確かに[薫]という字を書いてあげました。草冠に重いと書いて点々。いつか頂いた御理解です。ですから草冠と言う事は自然と言う事。自然に起きて来る事を重んずる心。点々は心という。そこから薫るようなおかげが頂けれるという御理解を、聞いて帰った。もうそれだけなんだ。そしてならいうなら、朝晩かどうかしらんけれども、なら大祓信行を欠かさずかに、拝まして頂いておる。それだけのこと。ただこちらへ合楽に来ておられる時に五日間でしたかね、毎日日参をさして頂いた。
その毎日の日参がですねもういうならば、やはり参らずにおれんと言う様な感じでしたよ。親戚の(里)歩きに来ておって、もういよいよ帰るなら帰るだんに、前にいっぺん合楽にあたしが連れて参るから、そしてあんたの難儀なことばお願いしなさい。というて姉さんに導かれて参ってきた。もう私はそれぎりだろうと思うておった実際は。ところが明くる日も参ってきなさる。また明くる日も参ってくる。また明くる日も参ってくる(笑)。そして御理解を頂くことに一生懸命頂いて帰られる。
そして最後の日に色紙を持って、私のいうならば心に掛けさせて頂く信心の目当てになるようなものを、なにか一筆書いてくれと言う。自然に起きてくることを重んずる心、ここには薫るようなおかげが受けられると頂いて、ほんとに薫るようなおかげになってきよる。しかももうこら難しかろうと思うておった嫁さんの蒸発が、昨日の朝は帰ってくるようなおかげになり、孫は孫でもう一月余りになるけれども、おかげでそれ以来寝小便せん様になったとこういう。
おかげで八女ラーメンの方も段々繁盛してきよるとこう言う。だからもういよいよ楽しうなってきたて拝むことが。いよいよいうなら成り行きを大事にしていくと言う言が楽しうなってきた。ほんとに拝むことが楽しい、もうこれだったら欠かされない、そして生まれてくるものは、私は絶対信だと思うです。信心とは信ずる心とここでは書いてあります。そういう神様を信じて疑わないという心が段々強うなって行く様な信心をすれば、誰でもお徳が受けられるというのであります。
しかもあの世にも持って行け、この世にも残して置けれる、みてると言う言がない。そういう信心を狂いなく続けていく限り、そうにゃ熱心に参ってもきござる、そうにゃ熱心にお話も頂きござる。ばってんいうならば、そう言う様なすきぃっとした、もう金光様の信心頂くようになってこれだけは行じとる、と言った様な所がない。お願いをすれば確かに金光様の信心はおかげを受けるです。改まらなくっても研かなくっても。けれども私は、昨日あたりの御理解から頂いてです。
五年の式年祭が終わる、そこにいうならば遺族のものが襖を開けてやる、したら次の間に入ってこの部屋はもう限りなくある。と遺族の者から開けてもらわんでも、お徳を頂くと言う事は、根もう遺族の者に迷惑をかけなくっても、いよいよお徳を高めて行く事の精進の土台というものが生前にできておるならばです、生きておる間に幸せを受ける事が出来る。人間のいわゆる幸せの条件が段々足ろうてくる。はあほんとにこれがお徳というものだろうと自分でも感じながら、日々を安心の生活ができる。
なるほど傘一本で開ける道というものが、そこからはっきりしてくる。今朝がた私お夢を頂いとったがもう不思議なと言うか、全然そのやっぱ御神夢だと思うんです。というのは、『私しは大工さんになっとるようだ。それでそこは大きな大工さんで、頭領がある大きな家を立てて、今日はもうそのなんですかねあれは、棟上げって言うですか、お呼ばれに行くというのです。それでその何時から行くと言う事になっとったらしいんですけれども、私しとよこどに左官さんの、職人のごたるとと二人やすんどる。
それにもう頭領が先頭で紋付き袴を着けた職人さん達が十人ぐらい。後はまあ普段着ぐらいなとの、いわば左官さんの手伝いやらお手伝いさんやらまで、みんなお呼ばれに行きよるごたるふうじゃん。それがあたくしの部屋をこう通っていくのにはっと目が覚めてから、あらもうみなさん行きよんなさるとですかち言うたら、ちゃんと時間が言うてあったろうがと。横の左官が聞いとったごたるふうじゃん。でそれが言うとらんもんなけんあたしだん、二人ながらまだ寝とった寝巻きなり。
寝巻きなりじゃいかんけん、あわててからもう、時間が遅れるならもう、あのなんとかちゅう、来るなというわけじゃないけども、もう家で留守番どんしとけちゅうごたるふうに、その主人が言うて、行かれなかったところ』を頂いた。もうそれまではなんかその中に、『かんなを研ぐにも三年の修行がでけたと』言う事を頂いたんです。またそれはその、かんなを研ぐと言う事が三年もかからなきゃほんとに一人前に研げんという意味かどうかしらんけども。
だからとにかく一生懸命研くことを研いて、おかげでいうならばあのたのにも拘らずちょっとした不注意が、いうなら晴れの場に出られなくなったという意味だろうとこう思ったんです。でまあ不思議な夢その大工とか、とにかくかんなを研ぐのに三年ぐらいかかるげな、それが私にはまあ出来たと。出来とった。けども最後にちょっと眠りすぎたというか、時間が曖昧だったためにね、皆のいわゆる左官とか大工さんお手伝いさんまで行きよるとに、こっちだけはいかれんごとなったと言った様なお夢でした。
だから姫路のそういう信心がです。それがでけとるとかどうじゃないけれどもです。そういうならおかげを頂いて行くか、らだんだん信心が楽しゅうもなるし、有難うなって来て信ずる心も強くなって、その信ずる心がだんだんでけてきておってもです。やはりほんとに信心をこれまたいついうなら、崩れるやら分かりませんけども。お互いは長年の信心をさせて頂いとるけれども、どこにか疎かな所があって、これが徳だろうと言う様なお徳にふれられない。
いうならば信ずる心、確信がいよいよ育ってこなければならんのにね、まあだ確信とまではいけん、安心とまではいかん、と言う様な事ではならん。霊様じゃないですけれども、とにかく朝に晩にです。今日一日の事を例えば教えの鏡を立ててみて、今日頂いた御理解を自分はどれだけ血にしたか肉にしたか、どれだけ守らせて頂いたか、と言う所をです。いうならば霊様は自分の心が、そのまま写るから、すぐ汚れた所は清めるというのですけれども、私どもの場合は、やはりなかなかそうは写らん。
けれども一日に反省をさせて頂いてです。あそこもおろそかであった、ここもご無礼であったと、言う様な所を改めていく。しかもそれがです楽しうなる。血に肉になっていくことが有り難うなってくるという信心を、身につけていってこそ、始めてそういう信心であってはじめて、信心をすれば誰でも、お徳が受けられると言う事ではなかろうか。なるほどこの調子でいきゃあ、みてることのないいうならば、無尽蔵のおかげが受けられる、いうなら、だんどりというものがでけた。
限りなくおかげの頂けれる信心ですから、限りなく信心修行も惜しんではならない。と言う様な事にもなって来るだろう。でけんなりやぶれたまま、ただ長年続いていくというだけではです。いうならば信心とは言えない。いや信心は生まれない。見て見ぬ程しのおかげの受けられる徳は受けられない。私しはここの御理解を頂く時にいつも思うんですけども、教祖様のみ教えの全てがね、いうならば和賀心と言う事になると申しましたり、またお徳を頂くための、御教えばぁっかりだと言う事なんです。
ですからまあいうなら、その姫路の中山さんじゃないですけれどもね、まあだ一月余りの、いうなら信心ですけれども、なら教会に参ったのはたった五日ですけれども、けれどもそれを本当に、まあ楽しうね、拝むこともまた成り行きを大事にする事の、行ずる事も出来て行かれよるように思う。なかなかそれがまたなら何年も続くと言う事でもないでしょうけれどもです。そういう信心がいよいよ育っていって、始めて信心と言う事になるんじゃないだろうか。
お互いお互い信心が好きでお参りしておるだろうか、参らにゃおられんで参ってきよる。その方が五日間。いうなら参らにゃおられんで参って来た様なお参りの仕方が出来ておるだろうか。果たして成り行きを大事にすると言う事だけでも、ほんとに自分のものになっていきよるだろうか。そう言う所を改めてみて、ひとつほんとの信心をさせて頂きたい。信心とは信ずる心。そこから絶対信が生まれてくる。育ってくる。その絶対信がそのまま、信心のいうなら究極の目当てである所の安心のおかげと言う事にもなるのです。
どうぞ。